北浜のレトロな建物巡り旅。ご近所のみなさんと「あさが来た」の源をたどる

2月のとある日 うちの実家の町内会の43名が京阪の北浜から天満橋付近を朝10時から夕方16時まで徒歩で、大阪の古い建物などをめぐる日帰り見学会へ行ってました。

(こちらの記事は3年ほど前の記事に加筆してます。)

43人の平均年齢は60代後半と思われます。年齢なんか関係ないわーって感じ。

この見学会のスケジュールはすごいです。

北浜レトロな建物散策スケジュール

  • 9:40 京阪守口駅ホーム集合
  • 9:50 各停・中之島行に乗車
  • 10:13 京阪大江橋下車
  • 10:20 堂島米会所跡
  • 10:40 大同生命着  11:00 特別展示見学 11:30 大同生命発
  • 11:45 大阪市役所着 昼食 12:30 玄関ホールに集合
  • 12:40 適塾
  • 12:50 銅座跡 (愛珠幼稚園)
  • 13:00 芝川ビル見学 13:30 芝川ビル発
  • 13:45 伏見ビル見学 13:55 伏見ビル発
  • 14:00 青山ビル
  • 14:05 少名彦神社 見学 14:20神社発
  • 14:25 小西家住宅
  • 14:35 新井ビル
  • 14:40 五大友厚像 OSEギャラリー見学
  • 15:10 大阪取引所 発
  • 15:20 十兵衛横丁 発
  • 15:30 高麗橋
  • 15:40 銀座跡
  • 15:50 八軒屋浜碑
  • 16:00 天満橋 解散

 

分刻みのスケジュールです。高齢の方が多いのですが・・

余談ですが、下の写真で紫のはっぴ着てる方が説明をされてました。東海道五十七次って書いてます。ボランティアガイドさんみたいです。

歌川広重が江戸時代後期に手がけた浮世絵「東海道五十三次」は江戸~京都間だったが、実際は江戸~大坂間を結ぶ「五十七次」の街道だったと考えられる。江戸時代の「宿駅制定証文」では、元和2(1616)年に守口宿が制定されたことが記されている。     産経ニュースより 

東海道五十三次は江戸~京都の間で、本当は江戸~大坂間を結ぶ五十七次の街道だったんですねえ~。

 

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いまから行く場所はこちらです 写真入り

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全部でなんと20カ所です。いけるんかな~この時点で時間オーバーしまくり。

大同生命の入口ロビー

ここは大同生命の本社ビルです。加島屋の跡地に立つ3代目本社ビルですが、外から見てもすごく目立つのですぐわかります。

あさが来たの主人公「あさ」さんゆかりの地です。このビルで加島屋と広岡浅子の特別展を開催してました。

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ビデオや展示物で、この北浜らへんの歴史を説明していただいてよくわかりました。すごい女性だったんだ。

朝の連ドラでもわかるけど、何度転んでも起き上がるという不屈の精神力。それも京都の出水三井家のお嬢様がするのですから・・・

ご近所の方が持ってらっしゃる大変貴重な本です

大隈重信さんの書いた大変貴重な本です

一緒に行ったご近所の方が、わざわざ今日の為におうちからもってきてくださいました。

ポンピエーレ イタリアン

大正14年元消防署だそうです。高いビルの谷間に目立ってました、こんなレトロなお店があったなんてステキ~。

ランチがおいしそうなお店です。食べたいけど、そんな時間ないのよね~。

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写真が斜めになってますが、けっして傾いているのではございません!補正したんですけど、まだ斜めチックになってた。

この辺で、ちらほら脱落する人が出てました。さすがの私50代ですが、足が痛くなってきました。

なのに休憩なしでずーっと歩くんですよ。

最初から途中で抜けるっていう方もおられましたけど、どうぞどうぞって感じ。

でも、うちのお父ちゃんは、主催者側だったので抜けるわけにはいかない!

しかし80歳超えてるとは思えん・・

ケイコ

大阪倶楽部 

大正13年関西財界の社交倶楽部だったんですね。近代三大名建築のひとつ

こうやってみると、ものすごい凝ったデザインの建築物ばかりです。地震とかで壊れたらもったいないわあ

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芝川ビル 

戦前は花嫁学校として使用。芝川家のお雛さんを展示中。当時の結婚写真が展示されてました。

そういえばうちの両親の写真も白黒で雰囲気そっくりでした。貧乏だったのに一応結婚の式をあげてました。

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淀屋跡 淀屋碑 

この付近から北浜にかけて百軒四方の広さがあった淀屋の屋敷跡です。

だから淀屋橋っていう名前がついてるんですね。

カヨ

どんだけ広いいねん!

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大阪証券取引所

ここは私もお世話になってる証券取引所です。ちょっとだけですがネットで株の取引きやってるのですが、この上に展示場があって中にはいって大阪商人の歴史を見る事ができました。

見学は自由に入れそうでしたけど、人が少なかったなー。

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この銅像の方は、NHK連続テレビ小説「あさが来た」で、前身の大阪株式取引所設立に尽力した五代友厚(1836~85年)さんです。そう、かっこいいディーンフジオカさんが演じられてましたね。

大阪に長く住んでるし、北浜まで通勤してたのに知らない事多いです。

お雛様

ひな人形はいくつか写真撮ったのですが、雨が降ってたり人が多かったりでいいのがなくて・・これは今回のとは関係ないのですが、写真に撮らせてもらいました。

足がパンパンになりながら、休憩もせず全部で20カ所いきました。

抜粋して写真のせましたが全部のせるとすごい量になるので一部だけ。ひとつひとつにものすごい歴史があって、もっと深く勉強するべきかもって思いました。

とくに最初に行った大同生命の創業者の一人である広岡浅子さんの事については学ぶ事がたくさんある。

原作の本を読んでみたいと思います。

なぜ大同生命が一般の生命保険会社と違って中小企業を主な対象にしてるかの理由もわかった気がしました。

そして明治維新によって、この広岡浅子さんも大打撃をうけるわけですが、生き残っていくのですよね。

諸大名へ貸してたお金、現在にすると4500億円がこげついたわけですから。

新選組にもお金貸してたみたいですね。今の銀行みたいな両替商でウハウハ儲けていたのに。。どうしてこうなるのか?

それに浅子さんが実家から連れてきた、お妾さんになるのかな?

その人が子供をたくさん産んでくれてといっちゃ変ですが、一夫多妻?なのか、まあ今の時代では考えられないですけど。

浅子さんの子供は亀子さんだけですが、他にも4人もいるんです。

カヨ

側室って感じなんでしょうかね?

しかしまあ、

合計6時間 途中大阪市役所の地下でご飯をささーっと食べただけ、じっちゃんとばっちゃんの43人の集団がこれだけ歩くんです・・引率の方大変だっと思う。

ほんとにご苦労様です。

途中雨にも降られて10人ほど早めに帰られました。そりゃそうです。私でも足痛かったもん。

別に遠いところにいかなくても、近くにこんな歴史を残してるレトロな場所があります。

歴史好きな方はこのコースおもしろいと思います。